しかし、その本に挙げられた「縮み志向」の例は多くあって、さまざまな面に及んでいる一方、範囲があまり広すぎるので、具体的な例を深く研究しなかったりしたのも避けられないものだと思う。また、日本人が、なぜここまで「小さくする」ことに拘ったのかという理由を指摘しなかった。つまり、日本人の「縮み志向」の成因についてはあまり触れなかったということである。
それで、本稿では、まず、「縮み志向」とは何かを説明し、続いて、日常生活に溢れている縮み志向について論じる。次に、日本の「庭」と「弁当」を例とし、縮み文化の形成した原因について、自然環境、稲作文化、日本人の美意識という三つの方面から分析したいと思う。
1.2先行研究
私の調べた限りでは、日本の庭文化や弁当文化に関する資料が多いが、「縮み志向」という角度からそれらを検討する研究はほとんどないということである。また、もともと「縮み志向」についての資料が限られているので、ここでは李御寧の『「縮み」志向の日本人』を中心とし、その関連研究を日本と中国に分けて簡単にご紹介する。
李御寧『「縮み」志向の日本人』は、小さいものに美を認め、あらゆるものを縮めるところに日本文化の特徴があると述べている。それを「縮み志向」と李氏が定義している。その本には、李氏が日本の芸能、和歌、小説などの書籍、武道や道具にいたる幅広い知識をもつ上で、日本文化にあらわれた「縮み志向」を6つの型に分類して具体的な例をあげて説明している。その6つの型とは「入れ子型」、「扇子型」、「姉さま人形型」、「折詰め弁当型」、「能面型」、「紋章型」である。その他、先の6つの縮み志向を表したものとして盆栽、生花、石庭、神棚、御神輿、4畳半の茶室などが挙げられている。弁当に関して、李氏は「日本の文化は弁当主義文化であり、それは弁当箱に食べ物を詰める縮みの文化と言える」と指摘している。
1.2.1日本における研究概況
李氏(前掲書)は、自分の勝手な推論を封印し、あくまで知り得た実際の現象を捉えることに終始した。ゆえに、後書きに置いて、日本人が、なぜここまで「小さくする」ことに拘ったのか、「その理由はよくわからない」と素直な感想を述べている。その解として、竹村公太郎の『日本史の謎は「地形」で解ける【文明・文化篇】』が挙げられる。その一章に『「小型化」が日本人の得意技になったのはなぜか』という章がある。「かわいい」という、日本人が「愛おしいもの」に向かって使う言葉には「小さな」という意合いも含まれている発想から、歴史の謎に挑戦している。
長谷章久の『日本文化論』は、李氏(前掲書)の所説の一端を取り出して、その見解を半ば肯きつつも、半ば否定しているようである。例えば、彼は「日本人が古来小さなもの、繊細な美に富むものに、格別の愛情を注ぐことは、認めるのにやぶさかではない。箱庭や盆景や人形や細工など小さいものを愛好する気持ちは日本人の中にいくらも数えられ、それが最近ではトランジスタや IC などの精密器製造技術へと繋がって来ている」と指摘した。
1.2.2中国における研究概況
李亚楠『论日本文化的精致性——以和服和日本料理为中心』(2015)は「精緻」の角度から日本文化の特徴を考察した。具体的には、日本人の馴染み深い「衣食住」の「衣」と「食」、即ち、「和服」「日本料理」に焦点を当て、この二つの文化要素の表に留まらず、全体を概観しながら、その中に潜んでいる日本人の精緻的な審美意識について検討した。日本人の美意識についての分析を通じて、ただ日本文化が精緻性のある文化であることを証明しただけではなく、日本の伝統文化の形成や、外来文化の影響なども多少分かるようになった。そして、今現在の日本人でも、何にでも完璧を求め、大きい物より小さい物を求め、小さい物よりさらに精緻的な物を求める心が強いという傾向も強いようであるという結論にたどり着いた。 关于日本人庭园和便当缩小意识的研究(2):http://www.751com.cn/riyu/lunwen_56241.html